技術設計を持続可能なものにすること(要約)

                            シャロン・ビーダー

要旨

 経済的な事柄に関する考慮は、常に技術設計にとって必須の要素であり続けてきたし、設計方法を洗練さ せる力となってきた。技術者は自らを、科学と技術とビジネスとが接触する領域に、存在する者と理解している。環境に関する考慮は、これまではせいぜい二次 的なものに過ぎなかった。

 環境に関する考慮は、経済的な事柄に関する考慮と同じくらい必須の仕方で、技術設計に組み込まれる必 要がある。そうすれば技術者は、原料やエネルギーや労働力の使用を最小限にするよう、絶えず設計を洗練させるだけでなく、自然生態系の破壊や悪化を最小限 にとどめて、環境と調和するよう、設計を洗練させることができるであろう。このような変化は、新たな技術哲学や技術倫理が必要であることを、したがってま た技術教育の変化が必要であることを含意する。

 

1. イントロダクション

 時代や社会が異なれば、設計に関して要求される方法も概念も制度も異なる。産業化に

よって要求されたのは、伝統的な設計方法の放棄と、製図版および数学的モデルへの移行である。それ以降 の技術設計の特徴は、経済的な事柄に関する考慮が、設計プロセスにとって本質的で不可分の要素として組み込まれていることである。生態学的に持続可能な、 新たな種類の発展によって要求されるのは、環境に関する考慮を、設計プロセスにとって本質的で不可分の要素として組み込むような設計に、取り組むことであ ろう。

 

2.伝統的な設計方法

 多くの論者が述べているように、技術設計は過去200年 の間に、それまでの伝統的なものとは著しく異なったものとなった。伝統的な設計方法の特徴は、それら論者によると、試行錯誤の結果得られたパターンという 形で、設計方法が伝承されていることである。したがって具体的な特徴として挙げられるのは、作る前に製図をしないことや、自分が現に行っていることの理由 を自分で分かっていないことや、情報や知識が徒弟によってパターンとして記憶されていることなどである。あるいは他に、神話や伝統やタブーのパターンに よって、よい設計が文化的に確定していることも、一つの特徴として挙げられる。

 

3.オフィスへの移行

 産業化によって設計方法は変化した。設計プロセスの場は、製作現場から製図版へと移行した。その結 果、3つの大きな変化が起こった。@寸法があらかじめ特定されたので、分業化が可能になった。A同 じ理由で、別々の職人が作った部品をうまく組み合わせることができるようになった。B分業化の結果、製作のスピードアップが可能になった。

 技術設計を変容させたのは、製図版への移行だけではない。技術者はますます、経済的な事柄に関する考 慮を設計に組み込むよう、また原料の使用を効率化するよう、期待されるようになった。それをなすために技術者は、完成品がどのように機能するかを、極めて 正確に予見できることを必要とした。そのために技術者は、モデルを、とりわけ数学的モデルを用いた。このように技術設計の科学化・数学化を推進した大きな 要因は、製作コストを最小限に抑えたい、という欲求であった。

 

4.ユーザーのコンテクストからの乖離

 経済的な事柄に関する考慮は、技術設計にとって必須の要素になったし、また設計方法を洗練させる力に なった。技術者は自らを、科学と技術とビジネスとが接触する領域に、存在する者と理解している。しかしこのことはしばしば、設計に関して考慮すべき他の事 柄を犠牲にして、成り立っている。かつての職人と違って、今や技術者には、設計された製品と、その製品が使用されるコンテクストとの間の適合性を、判断す る能力が乏しい。今や技術者は、コンピューターモデルの登場もあって、ますます現実のコンテクストから遠ざかって行っている。

 こうした製品使用のコンテクストからの乖離を克服するための試みとして、次のようなものが提起されて いる。@徒弟制度。これによって消費者の意向が技術者に届きやすくなる。ただしこのような制度は次第に消滅しつつある。Aコンテクストに不適合な諸要因 を、人間工学や音響学などといった諸領域にカテゴリー分類する。

 

5.環境に関する考慮

 現在の設計方法は、環境に関する考慮より、経済的な事柄に関する考慮を優先させている。近年、技術者 によって環境が考慮されることを保証するべく、環境影響報告が世界中で導入されてきているが、まだ十分なものではない。ただし環境影響報告を十分になそう とすると、経済的に立ち行かなくなることもあるであろう。

技術者は現在、製品が現実の世界でどのよ うに使用され、どのように作用するかについての、不確実性をカバーするために、安全係数を用いている。これは安全性への強い要求に対する譲歩の産物であ る。ところが安全係数は、環境影響に関する不確実性をカバーしていない。そうした環境影響に関する不確実性は極めて高いにもかかわらず、環境安全係数は導 入されていないのである。技術者はたいていの場合、法的環境基準を満たしてさえいれば十分である、と思っている。しかしその法的環境基準も、持続可能性へ の要求に十分に応えるものではない。

 

6.ケーススタディ−シドニーの深海排水

 シドニーの汚水汚染問題の解決策として深海排水を選択したことは、エコロジカルに持続可能な未来のた めに必要なものにとって、技術活動がいかに不十分であるかを、例示するものとなっている。

 深海排水が満たさなければならなかった水質基準は、「海洋排水のための設計基準」である。この基準の 中の、有害物質に関する基準は、最大量よりも、むしろ濃度の観点にしたがったものであった。このことはそれ自体において、排水前の処理よりも、むしろ希薄 を求めるような技術的解決策を、推奨することになった。しかもその際、有機物に関して対策の対象となったのは、汚水汚染の指標有機物とされた大腸菌のみで あり、他の病原菌は対象外であった。また無機物に関して対策の対象となった、重金属等の有毒物質の対策は、排水口から一定程度離れた場所での濃度を基準値 以下に抑える、という仕方でなされたが、その際、海底の堆積物や海洋生物の中へのそうした有毒物質の濃縮を引き起こす仕組みを、見出そうとする努力は、ほ とんどなされなかった。また深海排水は、汚水領域が海中深く沈んだままであることを保証するべく、設計されたのであるが、海中深く流れる海流の中には、岸 へと向かう流れもあるのであり、それに乗って流れてくる汚水がどうなるかについては、調査がなされなかった。

 深海排水は、沿岸排水の代用をするものと考えられ、法的かつ政治的な要求は満たしたが、エコロジカル な持続可能性の要求を満たすことには必ずしもならなかった。近年、長期的解決策としての深海排水の不適切さが、確証されるようになってきている。

 

7.結論

 環境影響報告の準備や環境基準の制定といった法的要求は、確かに必要ではあるが、しかしエコロジカル な持続可能性を保証するには不十分である。特に環境基準は、それが持続可能性に見合ったものであろうとなかろうと、それを満たせば自らの責任を果たしたこ とになる、という満足感を抱きうるような技術者から、環境的に健全な技術製品を設計することに対する責任を、取り除く傾向がある。

 環境に関する考慮が、設計プロセスの一部となる必要がある。このことは、新たな技術哲学や技術倫理が 必要であることを含意するとともに、工学が経済学だけでなく環境学をも取り入れることを保証するような、技術教育の変化が、必要であることをも含意する。


(訳 三谷竜彦 名古屋大学文学研究科後期博士課程)