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汚染の許容限度を超えること(オリジナルタイトル:観光旅行者の問題)

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 マービン・ジョンソンは、ウルフォグ・マニュファクチャリングという、ある地元の工場の環境技術者である。この工場からの排水は、他のいくつかの地元の工場からの排水とともに、賑やかな観光エリア内のある湖に流れ込んでいる。マービンの職責の中には、その工場からの排水および排気ガスを監視することと、天然資源局に提出する報告書を定期的に準備することが、含まれている。
 マービンがつい最近準備した報告書は、その工場からの排水の汚染のレベルが、法的規制値をわずかに超えていることを、示していた。しかしこの程度の汚染の超過で、そのエリアにいる人々に何らかの危害が及ぶことは、ほとんど考えられないことであった。せいぜい考えられえたのは、少数の魚に危害が及ぶことくらいである。他方、その問題を解決しようとすると、工場は20万ドルを超える費用を支出することになるだろう。マービンの監督者である、工場の経営者のエドガー・オーウェンスは、その超過は単なる「手続き上の問題」として見なされるべきである、と言い、工場が法に従順であると思われるように、データを「調整する」ようマービンに頼んだ。エドガーは次のように説明した。「我々には20万ドルもの費用を支出する余裕がない。また、いくつかの手間仕事も必要になるかもしれない。間違いなく、我々は経営上、ライバルたちより不利な状況に追い込まれるであろう。我々が被ることになる悪評だけではない。いくつかの観光業者がやむなく撤退せざるをえなくなるかもしれない。事態は全ての人にとって悪い方に向かうであろう。」マービンはエドガーの要求に対してどう応えるべきであると、あなたは思いますか。

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 明らかに、マービン・ジョンソンとエドガー・オーウェンス以外の、そのエリアにいる多くの人々が、マービンがエドガーの要求にどう応えるか、ということに、重大な利害関係を持っている。どれだけ多くの種類の人々が、そのことに利害関係を持っているか、あなたは想像することができますか(例えばウルフォグの従業員)。

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 デボラ・ランドルは、天然資源局で働いている。彼女の主要な職責の一つは、地元の企業から定期的に提出される、排水および排気ガスの報告書を評価して、それが汚染防止の要件を満たしているかどうかを、検査することである。デボラは果たして、先の工場経営者の考えに、すなわちかの超過は「単なる手続き上の問題」と見なされるべきである、という考えに、賛同するであろうと、あなたは思いますか。

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 その湖で泳ぐ地元の子供たちの親の立場を考えてみよう。その親たちは果たして、かの超過は「単なる手続き上の問題」である、ということに賛同するであろうか。

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 基本的な倫理原則の一つは、「ある人にとって正しい(悪い)ことは何でも、同様の状況にあるいかなる同様の人にとっても正しい(悪い)」、ということである。これは普遍化可能性の原理と呼ばれている。もしそのエリア内のいくつかの工場の排出物が、ウルフォグ・マニュファクチャリングのそれと同様に、法的規制値をわずかに超えていたとしたら、どうであろうか。普遍化可能性の原理に従えば、もしマービン・ジョンソンにとって、不正確な報告書を提出することが正しいのであれば、他のあらゆる環境技術者にとって、同様のことをなすことは正しいことになる(そしてまた、彼らの工場の経営者にとって、そのようなことをなすよう彼らに頼むことも、正しいことになる)。もし全ての工場が、エドガー・オーウェンスがマービン・ジョンソンに提出してくれるよう望んだものと、同様の報告書を提出したとしたら、どうなるであろうか。

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 さて、これまであなたは、ウルフォグの状況を多様な観点から見てきたわけですが、マービン・ジョンソンのなすことについてのあなたの見方は、あなたが最初に出した答えとは違ったものになりましたか。

[この事例は、ロジャー・リックルフス「経営や行政に当たる者は、一般の人よりも強固な基準を、倫理的ジレンマに適用する」(1983年11月3日付『ウォール・ストリート・ジャーナル』)の中で描かれた、いくつかの短いシナリオの内の一つ、「隠蔽への誘惑」を、翻案したものである。]

(訳 三谷竜彦 名古屋大学文学研究科後期博士課程)