QEDalpha振動子理論について (2016/9/20)

 

分子科学討論会2016で発表の座長を頼まれたが、そのうち3件がQEDについてだった。そこで論文[1,2]を予習し発表を聞いたが、疑問点が残ったので忘れないうちにメモしておく。論文[1,2]と今回の発表の要点は、1個の生成演算子をalpha振動子を使って多数の演算子の和で書く事と、H_{QED}(t)が時間に依存し得るので、量子力学の観測問題の非再現性がこれに由来する、という主張である。

 

[1] J. Math. Chem., 53, 1943, 2015

[2] J. Math. Chem., 54, 661, 2016

 

H_{QED}(t)は時間に依存するかを考えたい。[1]では時間に依存しないと式(2.35)p.1953, p.1957に書いてあり、他方[2]には一般に依存し得ると書いてある。手元にあるランダウ-リフシッツの相対論的量子力学に従って、簡単のため真空中の電磁場を例にとり、H_{QED}(t)は時間に依存するか考える。

 

系は有限だが大きな箱に入っている。電磁場のスカラーポテンシャルは0なので、ベクトルポテンシャルAを進行波exp(ikr)に分解し、その展開係数a_kから変数Q_k, P_kを定義する。Aは式(2.7)と書ける

A(rt) = \Sqrt{4\pi} \sum_k Q_k(t) cos(kr) – P_k(t)/\omega sin(kr)   (2.7)

Aの空間座標は進行波由来のsin, cosへ、時間座標はQ_k, P_kに移る。このQ_k, P_kを正準変数と見なし、交換関係[P_k, Q_k]=-iを要求する。この要求の正しさは、理論に矛盾が生じないか調べ、最終的には実験と整合するかで判断するのだろう。理論に含まれる無限大を避ける手順が必要だが、この量子化は実験と整合するので現在正しいと考えて良い。

 

古典的なハミルトニアンは

H = \frac{1}{2} \sum_k P_k^2 + \omega^2 Q_k^2              (2.8)

と書ける。これは時間tを陽に含まず、Q_k(t), P_k(t)を通じて一般に時間に依存する。今の問題設定だと定数になり、エネルギー保存則を意味する。Q_k, P_kを演算子と見なすと、量子論のハミルトニアンになり、時間tを陽に含まないため、系のエネルギーは保存する。

 

論文[1]にあるalpha振動子理論では、1個の生成演算子をalpha振動子と呼ぶ多数の演算子の和で書く。電磁場のベクトルポテンシャルAは式(3.19), (3.20)と展開するが、普通の教科書と違い、時空間のFourier変換をする。まず古典論でこの展開を考えると、A(rt)Fourier変換はできるので、その係数を正準変数と見なし量子化できるか、理論の内部矛盾や実験との整合性から判断する。

次に量子論のSchrodinger表示でこの展開を考える。Q_k, P_kを演算子と見なすと、ベクトルポテンシャル演算子A

A(r) = \Sqrt{4\pi} \sum_k Q_k cos(kr) – P_k/\omega sin(kr)

時間変数を陽に含まない。式(3.19), (3.20)は、時間tについて定数関数をFourier変換で表現する事になる。つまり展開の右辺は時間tを含むように見えるが、左辺はtを含まない。ハミルトニアンH_{QED}(t)はベクトルポテンシャルAで書けるので、やはりtに陽に依存しないと思う。

 

Alpha振動子として導入した多数の演算子は論文[2]で、普通の生成演算子が正しい性質を満たすよう、付加条件を課している。そこで普通の量子論と矛盾する結果、例えばH_{QED}(t)は時間に依存する、は出ないと思いたい。

 

H_{QED}(t)の時間依存性はさておき、それを状態ベクトルではさんで得られる実数は、何を表わすか。普通の理論では(無限大の零点エネルギーを含む)エネルギーの期待値を表わす。それらは時間に依存しないので、真空を基準にしたエネルギーも一定になる(エネルギー保存則)。上の実数が一定でない場合、閉じた系のエネルギーが保存しないのだが、これは正しいとは思えない。そこで、ハミルトニアンが時間に陽に依存し、状態ベクトルがこのハミルトニアンに従って運動する時、上の実数が一定値を保つ事はあるか考える。初期状態ベクトルは任意に選べるので、これはあり得ないと思う。

 

初期時刻t=0付近でハミルトニアンをH(t) = H_0 + t H_1と展開し、H_0を無摂動とする相互作用表示を使って議論する。エルミート演算子H_1の完全系を(\epsilon_k, \chi_k)とする。上の実数が一定値を保つには、任意の状態ベクトル\chiに対して<\chi| H_1 |\chi> = 0が必要。だが非ゼロの\epsilon_kに対応する\chi_kを初期状態ベクトルに選ぶとゼロにならない。

 

結論を述べると、(i) H_{QED}は時間に陽に依存しない (ii) H_{QED}(t)を状態ベクトルではさんで得られる実数は、一般に時間に依存する。つまり閉じた系のエネルギーは保存しないと文献[2]は予想するので、私はエネルギー保存則を支持し、文献[2]の式(1.1)は誤りだと思う。

 

このような当たり前の結論を得て、私は物哀しい気持ちになった。京大工学部の立花研究室には、教授、講師、助教、修士学生がいて、科研費も取っていて、私より立派な研究室である。H_{QED}が時間に陽に依存するという驚くべき結論に対して、研究室で議論はされなかったのだろうか。(先生と論戦するのではなく)事実を議論するのは、科学教育でとても重要な部分なのだが。論文[2]の投稿時に審査者やeditorは真剣に読んだのだろうか。まあ、論文審査に時間をかけても自分の業績(論文)リストは増えないし、嫌な事を書くと嫌われるので、そこそこで済ましたい気持ちは分からないでもないが。いや日和ってはいけない。

 

ひょっとしたら私の論理に間違いがあるのかもしれない。立花先生は教科書を執筆中らしいので、その完成後に再検討したい。