共鳴状態の量子シミュレーション 1

固体表面上の分子などの波動関数には、最初は分子に局在しているが、やがて 固体 に広がっていく例がある。このような準安定状態の量子シミュレーションの方法を開発し、色素増感型太陽電池に応用した。 この研究はポスドク研究員のDavid Sulzer博士や、名古屋大学情報学研究科の井内先生と共に行った。固体のバンドという、構造のある連続スペクトルに埋もれた波動関数を効率的に求める理論を、共鳴理論と多体摂動論から組み立てた。これまで孤立系に限られていた準安定状態の量子シミュレーションが、分子-固体複合系でも可能になり、光エネルギー変換過程の解明などに応用が可能である。またこの研究では、理論物理の色々な手法を組み合わせているので、物理好きの学生の皆さんにも楽しんで頂きたい。

色素増感型太陽電池の構造: 光励起した色素分子の電子が、酸化チタンに移動して電荷分離する。

全ての物質は量子力学に従うので、シュレーディンガー方程式を解くことで、物質の性質を予言したり、設計を試みたりできるはずだが、現在でも難しい対象が幾つかある。その例として広がった部分と小部分からなるもの、例えば固体表面上の分子や結晶中の欠陥などの、励起状態がある。この種の状態は光エネルギー変換でよく見られる。例えば色素増感型太陽電池では、透明な酸化チタン結晶表面に色素分子が吸着しており、この色素分子が光を吸収し、酸化チタン半導体に電子を渡すことで発電する。

酸化チタン表面の光学的性質は、バンド計算、つまり並進対称性下で密度汎関数理論を解く事、で理解できる。 バンド計算では 基底状態 (最安定状態)で電子が入る占有軌道、及び空軌道と軌道エネルギーが分かり、 軌道エネルギーは光学吸収を割と説明する。 固体物理の基礎を学んでいれば、VASPやPWSCDなどのソフトで、バンド計算は手軽にできるようになった。厳密には密度汎関数理論の軌道エネルギーと光学吸収は異なり、時間依存密度汎関数理論を使うか、Green関数に基づくBethe-Salpeter方程式を解く必要があるが、詳細は省略する。

色素分子の光学的性質は、量子化学計算、つまり孤立系のシュレーディンガー方程式を解き励起状態の波動関数を求めるか、 時間依存密度汎関数理論を解けば、励起エネルギーや光学吸収強度が分かる。量子化学の基礎を学んでいれば、GaussianやGAMESSなどのソフトで、この種の計算は簡単にできるようになった。ただ電子相関効果や溶媒効果など気を付ける点が幾つかある。