5. 青いバラをつくるには?

   従来の掛け合わせによる育種のみならず、遺伝子組み換えを用いた分子育種による新花色の開発がさかである。なかでも 究極の標的は青色のバラであろう。これははたして実現可能なのだろうか?
   バラの主要アントシアニンはシアニジン3、5-ジ グルコシド(シアニン)である。ほとんどの青色花弁のアントシアニンは、B環上に3個の酸素原子を持つデルフィニジン母核であるのに対し、シアニジンは2個の酸素しか持たない。デルフィニジン系色素ではないのに青色を発色する例はあるだろうか。一つは前述の空色西洋アサガオ(ペオニジン母核)で、 開花に伴い液胞pHがアルカリ性域まで上昇する。しかし、バ ラの花の液胞pHは、比較的低いことがわかっている(赤バラ では4以下)。液胞pHを制御する遺伝子を操作して高くしよ うとするとうまく成育しないとのことである。
   シアニジン系色素で青色が発色する例として、ヤグルマギクがある。花弁色素プロトシアニンは、ツユクサと同様の自己組織化超分子金属錯体、メタロアントシアニン(スクシニルシアニン :マロニルフラボン :マグネシウムイオン :鉄イオン= 6: 6:1:1 )である5)。中心金属にマグネシウムイオ ンと鉄イオンを一原子づつ持つ2核錯体であることが大きな特徴で、3価鉄イオンは青色発色に必須である。この花の青色は、 シアニジン母核から常磁性遷移金属へのLMCT(リガンド= アントシアニジン母核B環から金属イオンへの電荷移動)による11)。この鉄錯体形成を、花びらはどのように行っているか不明であるが、試験管内で同じ花弁と色素を再構築するには、鉄イオンの量を注意深く制御する必要があり、過剰の鉄イオンを加えると、全く違う青黒色の色素を与えてしまう。







←クリックして拡大
図7 メタロアントシアニンにより青色を示す花.
 a: ヤグルマギク,b:ヒマラヤの青いケシ,c: ネモフィラ,d:ツユクサ,e:サルビアパテンス,f: サルビアウルギノサ。 a,bはシアニジン系色素、cはペチュニジン系色 素で、いずれも3価鉄イオンと2価マグネシウムイオンの二核 錯体で青色が発色する。d〜fはデルフィニジン系色素で、原 子のマグネシウムイオンの錯体である。





   最近、ヒマラヤの青いケシもシアニジン系色素によっ て青色を示すことがわかった。このケシの色は、既存の青色の花のなかでも最も長波長 (650 nm付近)に吸収帯を持つ。我々は、この花弁細胞の液胞pHを測定し、そのpH 5.0で成分から色の再現を試みた。すると、やはりこの青色もアントシアニンだけでなく、フラボンおよびマグネシウムイオン、鉄イオ ンから成ることがわかった。3価鉄イオンはやはりアントシアニンに対して厳密に1/6当量と制御する必要があった。ネモフィラ花弁からも同様のメタロアントシアニン(ネモフィリン) が見つかった。このアントシアニンは、B環に3個の酸素原子があるもののその一つがメトキシ基になったペチュニジン母核である。ネモフィリンも、1/6当量の鉄イオンを含む。これらから、デルフィニジン以外の母核を持つアントシアニンでも、 鉄イオンとの錯体を形成してやれば、青色発色が可能なことが わかる。青バラを作る手法として、デルフィニジン系色素を合成させるばかりが道筋ではなく、上手に従来の色素とフラボンを利用して鉄錯体を形成する事も、視野に入れる必要があるのではないだろうか


参考文献

  

Copyright@2005 All rights reserved.